学んでますか、最近?

褒めるブログ。時に皮肉ったり煽ったり。

B型は趣味をランニングとしなさい。

ランナーズ 2019年 01 月号 [雑誌]


なぜランニングが「楽しい」と思えるんだろう?

 

どう考えても球技の方がやっていて楽しいのに。

 

そうだろうけれど、ランニングがなんてったって好きなんだからしょうがない。全てのスポーツのなかで。

 

「いや、ランニングはシンプルすぎるでしょ。」と思うかもしれない。

 

いや違うんですよ、一見してシンプルなんだけど、実はかなり複雑だと思うんですよ、分からないけれど、そんな気がする。そうでないと、ランニングの面白さを説明なんかできないと思うんだ、絶対に。

 

なんでランニングがこんなにも好きなんだろう?

 

…分かりません。

 

分からないけれど、考えてみようと思う。

 

そうだなぁ…先ずは個人で気軽にいつでもどこでも始められるというところかな。

 

ジャージと靴だけ準備すればいいだけだ。それでいつでもどこでもランニングできる。

つまりあらゆるスポーツのなかで最もユビキタス(ubiquitous。ラテン語。「いつでもどこでも」の意。)だから、そこに魅力を覚えるのかもしれない。

 

また、「走る」というのは人間において最もシンプルに身体能力を発揮、解放することであり、前よりも早く走れれば、あるいは前よりも楽に走ることができるならば、それは純粋に身体能力がUPしたということであり、それは自己肯定感を高めることにもなるからだろう。

 

それと、周りにランニングしている人を見ると何だか勇気付けられるというか、パワーをもらう感があるからだ。パワースポットならぬ、パワーパーソン? ランナー?というかね。

 

あとは…あ、なんだかんだで結構思いつくな…あれだ、アレですよ、「一人だけれど、一人じゃない感」があるんですよ、ランニングしてると。

 

ランニングは飽くまで個人競技であるんだけれど、周りに走っている人はたくさんいるから、一人のようで一人じゃないんですね。

 

Mr.Children桜井和寿が名曲“Tomorrow never knows ”の詞で、「勝利も敗北もない 孤独なレース」とあるが、この詞は石神井公園でランニングしていた時に思いついたもののようだ。

確かに桜井和寿が言うように、ランニングは孤独なレースかもしれないが、私はこの意見には完全には同意できない。

 

ランニングは、孤独だけれど孤立していない状況下にあるスポーツだ。

 

これは断言する。

 

では、それはどういうことなのか?

 

なんて例えたらいいかなあ…。

そうだ、カフェに一人でいるんだけれど、周りも一人客が多くて、さみしいようでさみしくないというか、そういう感じに近いですかね。

 

あ、図書館とか予備校・塾の自習室の空間に近いとも言えますね。

目的意識、方向性は近いけれど、お互い、それぞれが完全にマイペースで、自分だけの「敵」と戦っている空間というか。

つまり、「仲間」ではないけれど「同志」がいる、という感じですね。

 

もともと個人競技が好きで、団体スポーツが苦手だったということもあるかもしれない。

 

典型的なB型で、昔から好き嫌い、興味無関心がハッキリしているからという性格だからこそ、ランニングに夢中なのかもしれない。

 

そういう意味では、言い換えると一人でいることが好き、一人でいても平気、つまり自分自身が好き、という人でないとランニングを始めとした個人競技には向いていないのかもしれない。

 

それ以外にもランニングに惹かれる理由は(まだまだ思いつくなぁ)、15分以上走っていると高揚感に包まれ、気持ちよくなり、爽快な気分になってくるからだ。

いわゆる「ランナーズハイ」というやつだ。

合法麻薬」と言ってもいいだろう。

…いや、これは言葉がいささか強すぎる嫌いがあるな。

 

しかし、ランナーズハイが訪れると、仕事や勉強などでのモヤモヤがスッキリ整理され、前向き、建設的な発想になってくる。

これに関しては、走ってみないと分からない。まじで。

だから、一度でいいから20分以上走ってみてください。

でも、ランニングが自身に向いているかどうかは、最終的にはやっぱり性格かもしれない。