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飯テロ、ときどき学び系

【教育哲学】コミュニケーションは『宛先』がすべてだ。

www.nikkei.com

 

 不登校の子などは、もちろん教師とのコミュニケーションが不足するので、面会というのはとてもいいことだと思う。

 

 しかしそれだけでなく、あらゆる通信手段を使って彼彼女とコンタクトをとるということが重要ではないだろうか。

 

 つまり、面会だけでなく、電話、ライン、Twitter、インスタグラム、動画メッセージ、直筆の手紙などなど。

 

 もちろんSNSをやっていない、できない小学生もいるので、そのような場合は、いや、そのような場合でも直筆の手紙というのはいいかもしれない。

 

 今の時代、本当に様々なコミュニケーション手段が多様化した為、彼彼女が最も好むような通信手段でもってアプローチすることが最良ではないかと思う。

 

 また、この際のアプローチにおいて、大事なのは「宛先」という概念だ。

 

 この概念は哲学者の内田樹の術語(専門用語)で、彼の大学院講義で使われたものだ。

 その講義録が本になっている。

 

街場の文体論 (文春文庫)

 

 「宛先」というのは、コミュニケーションにおいて最も重要な概念で、「何を」「どのように」伝えるか、ということは大して重要ではなく、他の何よりも「誰に」伝えるか、ということが重要だということだ。

 

 例えば赤子がどうして言葉を覚えるのか?

 

 それは父と母からさんざん話しかけられて、そうして次第に赤子は成長し、言葉を自分のものとして運用していく。

 

 つまり、父と母が「赤子に」伝えたからだ。

 

 赤子は父と母が何をしゃべっているか分かるはずもない。

 

 しかし赤子は父と母が自分になにか一生懸命伝えているな、という事実のみ、赤子に残る。

 

 これである。

 

 この父と母からの言葉によって赤子はコミュニケーションをまた覚えるのだ。

 

 だからこそ、コミュニケーションの第一段階は、「誰に伝えるか」ということなのだ。

 

 その意味においては、不登校の生徒には電話よりも何よりも、彼彼女と直接、一対一でのやり取りを継続的に行うことが最も重要であろう。

 そこからがスタートで、その次は個人的に仲良くなるということだろうが、まずは発信者側が「あなたにどうしても伝えたいことがあるんだ。」

というメタ・メッセージを伝えることが大事だろう。

 

 そこからがすべてだ。